2006年04月22日

久しぶりに、小理屈

退屈したらごめんね・・

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世の中には、沢山の躾本があるよね。
ポセ父さんは、その中に書いてあることは、すべて正しい事だと思っている。嫌悪刺激を用いていようが、肯定強化だろうがすべての記述は正しいと思う。ただし、その著者が今までに経験した事のある犬については、と注釈は付くんだけれどね。

ポセ父さんは、躾本や犬について書かれた書物は、自分にとって辞書やバイブルにはならないと思う。どう言う意味かって?
たとえば、ポセ父さんもそうだったのだけれども、一冊の躾本を手に入れてそのとおりに犬を躾ける、何か問題が有るたびに、その本のページをめくってそれに該当する項目を見つけて、そのとうりに実行する。一見、最新で人気のある躾本なら正しいような気がするでしょ。でもね、ポセイドンはポセイドンであって、その著者が見たわけじゃないって事だね。そう言った本がポセイドンにぴったりと当てはまるのかな?
答えはNOだと思っている。

じゃ、ポセ父さんにとって躾本や犬の本はどう言うものなのか?
ます、ポセ父さんは一冊の躾本ですべてを満たす事は出来ないと思っている。父さんが躾本を読むのは、犬についての知識を増やすためなんだ。
ポセの場合は、この本のここと、あの本のここ、その様な感覚なんだな。

ポセイドンの事だって、時間がたてばたつほど色々な事が解ってくる、解る為、理解するためにも知識は必要だと思う。
上手く言いあらわせないのだけれども、犬についての読み書きソロバンが出来ないと犬を理解するのが難しい。言いかえれば、犬についての読み書きソロバンを知っていると犬を理解しやすいってことかな。

じゃ、どうすりゃいいの?

ニックネーム ポセイドン at 22:54| Comment(0) | TrackBack(1) | 私の思うこと・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする