2006年03月03日

停滞

まあこんな日もあるさ・・・
今日もヒールのお稽古にいそしむポセ親子、しかし本日は目覚しい進展とはなりませんでした。
言い訳するとね、いつもとすこしちがう時間に散歩に出かけたもんで・・・
小学生がガヤガヤと騒いでいたんだな、そしたら元ビビリのポセ君は「はよ帰りましょ!」と言わんばかりに引っ張って歩きまして・・・・
立ち止まれば戻ってはくるんですが・・・だーれも行けって言ってないでしょ・・・・そのまま、あの愛くるしいアイコンタクトも無く「やばいって、親父早く帰ろうよ!」と先を急ぐのでありました。

教訓
トレーニングの進み具合に調子ぶっこいて、イキナリハードルを高くしてはいけないんだな・・・

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犬(泣)めんぼくない・・・犬(泣)


トレーニングってなんでしょ?

トレーニング トレーニングと日々を送っていると、ふとトレーニングっていったいなんだろうって思うことがある。
新しいコマンドを犬に教える事?芸を仕込む事?一般的にはそんなことなんだろうけど、ちょっと違うかな。じゃっ犬のトレーニングなのか?これもあんまりしっくりこないね・・・

ポセ父さんは、最近思うのですトレーニングってのは犬と人のコミュニュケーションのトレーニングなんだと。
なぜかって言えばね、ここんところ言い続けているお手があるでしょ。
ポセはそれを憶えたわけ、でね、ポセが自分の意思を伝達するためにお手を使うようになったんだ。何かしてほしいことが出来た時父さんの所に来て膝にお手をする。振り向いてほしい時に鼻でつんとする。どちらもただの芸として教えたのにポセから父さんへのコミュニュケーション ツールとして使われだしたんだな。
ポセに理解できるコマンドが増える事は父さんの言葉(意思が)その数だけポセに伝わるって事だね。ポセがそのコマンドの動作を自分のコミュニュケーションツールとしてつかってくれれば(ポセ父さんが関連付けても良いんだよね)、ポセからのメッセージが父さんに伝わるってわけだ。これってすごいね!!

でね、こうも思うんだ。無駄吠え、要求吠えのある犬はボキャブラリーが貧困なんじゃないのかな?って。吠えると言う行動を他の何かに置き換えられていないってこと。
遊んでほしい時、ちはりんさんのとこの凛はいろいろな事をする。(電話を運んでみたり、おもちゃを持っていったり)きっと要求(言いたい事)によって彼なりにする事を選んでいるんだろうな。コマンドの数だけ凛は言葉(表現する方法)を知ってるんだね。
嬉しくって吠える犬がいるけど、ポセは吼えない。吠えることではない喜びの表現を知っているから。(何か教えたんじゃなくって元々そういう人なんですポセは)吠える犬に何かほかの表現方法を与えたら吠えなくなるんじゃないのかな?

トレーニングってのは今まで持っていたお互いの表現方法をお互いに解りやすくって好ましい物にすり合わせていく事じゃないのかな?
最近そんなふうに思えてならないのです。






ニックネーム ポセイドン at 20:57| Comment(0) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする