2005年11月19日

ビビリの犬とのくらし方 その3

前回のブログに書きましたが、犬は決して犬として(成犬としてすべてをそなえている)生まれてくるものではありません。犬が犬になっていく成長の過程を理解していなければ、問題行動(ビビリも含みます)を起こす犬がどの時点で何が原因でそうなってしまったのか推測する事すらできません。何回かに分けて犬が犬になっていく成長過程を説明していきたいと思います。今回は誕生して間も無くから二週間目までの期間です。この時期は親犬が子育てをしているだけでなんら問題の無い時期です。はっきりいって人間の出る幕はないのですが・・・


犬の行動学 エーベルハルト・トルムラー(中公文庫)より

植物状態ーーー新生児期(一〜二週)

さて、生まれたばかりの子犬を観察しましょう。母犬から産み落とされると、その生命は小さな叫び声で始まります。小さな口を一杯に開け、舌を出し、最初の一声をあげると空気が吸い込まれ、粘液が吐き出されるのです。
身体を執拗に清掃する母犬の舌から解放されると、子犬は胴体を地面につけて這い、まっしぐらに母犬の腹に取り付き、多少の時間は掛かるにせよ乳房を探し当てます。乳を吸う音は必ず聞こえてくるものです。
生まれたばかりの子犬の瞼は閉じており、耳も聞こえません。色々な実験の結果からすると、嗅覚も発達していないようです。では、どうして子犬は乳首を見つけられるでしょうか。
この質問に答え、この後の子犬の発育を理解するためには、行動生理学について若干の知識が必要になります。もし貴方の子犬が良い犬になることを望んでいるなら、この知識には重要な意味があります。
よく本能という言葉が使用され、これですべてが明らかになると思いがちですが、実際はそれほど簡単なことではないのです。動物比較行動学の分野では、相当以前から、色々な意味を持つこの本能という言葉の代わりに「遺伝的相互作用」という概念を用いています。この概念を用いて、複雑で理解の難しい本能的行動をいくつかの「遺伝的相互作用」に分解することができるのです。「遺伝的相互作用」とは、周囲の特殊状況がきっかけとなって活動を開始する原動力ともいうべき概念です。そして、このきっかけとなるものを「鍵となる刺激」と呼び、それが錠前を開け、「遺伝的相互作用」が開放される事になります。特定の神経中枢には捌け口をもとめるエネルギーが溜まっており、「遺伝的相互作用」が動き出すのはこのエネルギーによるのです。一方、別の中枢がこのエネルギーを抑制する働きをしているのですが、「鍵となる刺激」が与えられるとこの抑制は取り除かれてしまうのです。エネルギーが溜まると強い緊張状態を作り出し、ついには「鍵になる刺激」が与えられなくても放出されるようになります。こうなると、正常な動物なら反応を示さないような極微量の「鍵になる刺激」にも反応が起きるようになってしまうのです。
つまり、刺激の敷居が低くなるわけです。これがひどくなると、「鍵になる刺激」が存在しなくともエネルギーは発散され、その結果「遺伝的相互作用」がなんら意味の無い形で発現します。この状態を「虚空反応」と呼びます。実際例で説明してみましょう。
円錐形をして毛のない乳首は、子犬にとって「鍵となり刺激」です。それに触れると「遺伝的相互作用」が発動し、この場合においては乳首を口に含む動作が現れ、これこそが生まれたばかりの子犬にとって適切な行動なのです。ついで、この口に含む動作が次の「鍵になる刺激」になり、犬においては大変典型的な、舌で乳首を揉みながら乳を吸うという行為を発動させます。
もし、この状態にある子犬を母から離ししばらく待つと、「虚空反応」が見られ、子犬は乳首を捕まえたがっているように口を開け、口を動かし乳を吸っている動作を見せます。エネルギーが溜まりすぎたので、通常の抑制が取り払われてしまったのです。こうなってくると、刺激の敷居が低くなったため、以前には見向きもしなかったものも吸うようになってしまいます。授乳を受けている最中の子犬を取り上げ、指を差し出しても吸おうとしませんが、睡眠から覚めた時は指に吸い付いてくるのが一例です。

生まれたばかりの子犬は遺伝的ないくつかの行動形式を持っているだけです。もちろん、彼らの声というものも考慮に入れる必要があり、子犬たちは何かが欠乏したり、不愉快な事があるとすぐに声を出します。これが母犬にたいする「鍵となる刺激」の役割を果たし、母犬はすぐその子犬の面倒をみるのです。要約すると、ある特定の事だけが子犬を鳴きやますことができます。母犬の暖かい身体によりかかるか、兄弟と一緒になれば鳴きやむのです。乳首から離れると鳴き、それを見つければ鳴きやむ。時々、母犬は乳首から離れた子犬を鼻で押して元の場所に戻してやります。この不満を訴える声は、子犬が何らかの理由で巣から離れてしまうと重要な意味を持ちます。母犬はすぐに子犬の所まで行き、慎重な態度で子犬をくわえ、巣に戻すのです。しかし、多数の純血種の雌犬はこの反応を示さなくなってしまいました。
このような状況になると雌ディンゴは、時によって大げさに不安な様子を見せます。子犬を巣の外に置いてみると、そのような雌犬は歯でくわえず、鼻で押して巣に戻そうとしますが、こうなると子犬は絶望的な声を張り上げるのです。また、頭であれ、足、胴体であれ、どこかをくわえ、乱暴に引っ張ったりして巣に戻す雌犬もいます。

目の見えぬ子犬は真っ直ぐではなく、必ず円を描いて這います。この「円を描いて這う」動作は遺伝的行動形式で、こうしていれば巣からひどく離れてしまうことはありません。野生の状態において、母犬は地面にくぼみを掘って出産する事が多いので、子犬が「円を描いて」移動する限り、そのくぼみから外に出て迷子になる危険は少なくなるわけです!

先ほど、子犬は温もりと寄りかかるものを求めると述べました。これを探そうとするとき、特殊な頭の動作が役に立つのです。これも遺伝的行動ですが、頭は左右に揺れ動き子犬を助けるのです。
周囲を知覚する主要な器官は鼻面の先端付近に付いているので、この頭を振る動作により周囲を万遍なく確認できるわけです。
さて、子犬は母犬の腹に辿りつき乳首のありかを探さねば練りません。このために毛の中で鼻を上のほうに持ち上げる動作をし、同時に息を吹き込み、乳首がみつかるまで毛をかきわけるのです。授乳の最中には別の二つの動作も見られます。一つは後ろ足を地面に踏ん張り、乳首を放すまいとするものであり、もう一つは乳腺の方向に頭を強く動かす動作です。
後者は子牛乳房を押すのと同じく、乳の出をよくするもので、同時に巧みに前足を使います。

以上が、生まれたばかりの子犬がすることのできるすべてです。たいしたことではありませんが、最初の二週間にはこれで充分なのです。この時期の子犬にとっては体重を増加させることが重要課題で、二週間で体重は三倍にもなります。食って寝る、それが存在のすべてであり、そのために必要な道具は全部与えられているわけです。

犬の繁殖を行なっている人は、新生児期の子犬をよく見て、最初の動作をよく観察すべきです(保護主も含む・・ポセ父)。
もし、ある子犬の動作が兄妹姉妹と比べて弱弱しく、遅く、且つ活動的でないならば、その犬の神経系統、つまるところ全体の状態が完全ではないということです。私のいうところの「活力」が弱いので、なんとか成長したとしても決して健康な犬には育ちません。健全な成犬が保持するべきすべてのものは、子犬が持って生まれたものから成り立っていることを忘れてはならないのです。

子犬に見られる数少ない行動様式を支配する部位は、脊髄と中脳に存在する事が判っています。この中脳は脳の中でも原始的な部分で、それらを統括する働きのある大脳の根元にあります。まっとも誕生時には大脳は殆ど活動していませんが・・・
ところで、前述の子犬のように、生まれ付き中脳が貧弱であれば、大脳が活動し始めたとしても良い結果をもたらすとは考えにくいことになります。
さて、目の前に生きるために充分な備えのある、生まれたばかりの健康な子犬たちがいるとしましょう。我々は犬というものが社会的な動物であることを知っているのですが、この特徴は彼らの行動にかいま見られるでしょうか?答えは簡単明瞭に「いいえ」です。

この時期の子犬は社会的傾向を持つどころか、自分の生命の中心である乳房以外の周囲には全く関心がないものです。この時期を表すために「植物状態」とはよく言ったものです。それは母犬の胸に抱かれ、成長と体重の増加に専心する無意識の時代なのです。

ニックネーム ポセイドン at 04:22| Comment(0) | TrackBack(4) | 私の思うこと・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする