2005年11月11日

ビビリの犬とのくらし方 その2

本題に入る前にチョッと書きたいことがる。
とあるサイトの記事についてだが、そこには生後一年四ヶ月の預かり犬がいる。その犬もポセイドンと同じお散歩の出来ないビビリの犬だ。
同じ預かりボランティアのもとに一年い続けその間にビビリになった犬だ。
昨日も書いたが犬は犬として生まれてくるものではない、性格として臆病であってもビビリとして生れ落ちる物ではないのだ。ビビリとは人間が社会化期に適切に犬をあつかわなかった結果なのだ。にもかかわらず「そのままの状態で無理に変えようとはせず飼って下さる方を里親として希望します」ときた。ビビリのままで果たして犬は幸せになれるのだろうか?
答えは明白である。犬は群れで生きる生き物だ、その為にその生態は造るられている。犬とは群れの中で自分の役割、任務を的確にこなす事に喜びと存在意義を感じる生き物だと思う。何もせず、行動も自由にならぬほどの恐怖を抱えていては自分の役割を果たす事は出来ない、それで彼らは喜びを感じて生きていけるのだろうか?
群れの役に立とうとしない犬はいない、なぜなら群れが繁栄しないことには彼や彼の子供たちは生きていく事が出来ないからだ。家犬として生きる犬達にとって人間の家族は自分の群れなのである、またその家族の家長は彼にとってはリーダーで犬であるかどうかは関係が無いのだ。
人間のコマンドに犬が嬉々として従うのはその為なのだ、であれば彼らはビビリでいる自分が好きなはずは無いのではないのか?

ビビリを克服する事は簡単ではない。臨界社会期を過ぎた犬にとって、個別認識が出来るようになっているので、恐怖の対象は一つ一つ克服していくしか方法が無い。(たとえば人と言う一括りから、大人子供女男など色々な属性が理解できるようになっていく事を個別認識が出来るといいます。)確かに時間は掛かる、克服するために恐い思いもする。しかし、一度克服できた物は彼にとっての財産だ。なぜなら二度と今後生きている間恐れる必要のないものになっているから。

このビビリ犬の預かりボランティアとその記事に肯定的に「その考え方もいいかも」とコメントしていた方に聞きたい。

貴方のお子さんが引きこもりになった時、貴方はそのまま受け入れるのですか?そしてお子さんは引きこもりのままで人間として幸せだと思えるのですか?


今一度言う、犬は犬として生れ落ちる物ではない、また犬は生まれ付いてビビリになることは無い。

ビビリの犬は人が作り出しているのだ。

ニックネーム ポセイドン at 03:40| Comment(2) | TrackBack(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする