2005年10月25日

譲渡事業の不思議

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ポセの初臍天(涙)

里親会やら○○譲渡会やら色々と活動している。
以前から不思議でならなかったのだが、なぜ東京に地方から犬を運ぶのだろうか?
東京近県特に千葉県、茨城県などが放棄犬や野良犬、悪環境での犬猫の飼育が多いと聞いている。しかし、なぜ東京神奈川などの都市圏に犬を持ち込んで譲渡するのだろう。
以前こんな事を聞いた事がある「犬の飼育環境の悪い地域で里親を探したところで同じ飼い方をされる」。果たしてそれは本当なのだろうか?
啓蒙活動と言う観点から見れば矛盾しているとポセ父さんは思う。
なぜなら環境の悪い地方こそペット飼育についての啓蒙活動が成されなければならないと思うからだ。里親会や譲渡会は犬猫を譲渡した後も追跡している、であるならば正しい飼育方法を人々に広める事もできるはずである。正しい飼い方ができる人が増える事でその地域のモラルは上がっていく。であるのに、なぜ東京都市圏なのか?東京にも茨城や千葉と対して変わらない環境の地域も存在する。また逆に茨城や千葉にもベットタウンや人口密集地が存在する。であるのになぜ長時間車に犬猫をのせて首都近郊に犬猫を運び続けるのか?
だれか疑問に答えてもらいたいと思う。

もう一つ疑問なのは里親会や譲渡会には効率と言う観念が薄いということだ。
里親会などの持っている人的、時間的、経済的資源は限られている。
効率を度外視していては助ける犬猫の数はおのずと減ってしまう、一匹一頭でも多く救いたいのであれば効率を上げる努力がなされるべきだと思う。

年間約16万頭の犬が殺処分されている。
明らかにこの国ではペットの需要と供給のバランスが崩れている。
言わば、日本と言う国自体が崩壊多頭飼現場とも言えるのではないのだろうか?こんな事を書くと血も涙も無い人間だと批判されるかもしれないが、殺処分自体は今や必要悪として認めざるえないのではないのか。(その方法は問題があるとしても)
読者諸氏にお願いしたい。
限度を超えた多頭飼育者や保護主に支援をする事を控えていただきたい。
彼らに責任も義務も存在しない、ただ単に自我を満足するために行動しているだけなのだ。また彼らは決してプロ(犬について何らかの教育を受け、また実地にそれを行なっているもの)ではない、その彼らが自分の好みと思惑で犬を選別して譲渡の対象にしている。ましてやプロではない彼らが譲渡後のケアーなど誰が考えても出来るはずはないだろう。
どんな犬でもどんなに良い犬でも、犬は問題行動を内包している。
問題行動が表面化した時プロではない彼らはどう責任を取るのであろうか?
犬の譲渡を受ける時、思い出してほしい。
訓練士や獣医士のサポートがない団体や個人から譲渡を受ける事の危険性を。出来うる事ならそういったアマチュアに運営されている里親会や譲渡会が淘汰されていく事を願うしだいだ。また、きちんとプロのサポートを受けている団体個人により多くの支援のてが差し伸べられる事を祈らずにはいられない。


そうすれば、効率が上がって今よりも多くの犬が救える、また犬を救った家族もより良い犬との生活がおくれるのだから・・・・

ニックネーム ポセイドン at 23:07| Comment(3) | TrackBack(2) | 私の思うこと・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

預かりボランティア・・・

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つい最近、預かりボランティアを経験した。
三ヶ月間の短い期間だったが色々と思うことがあった。
一つは、預かり犬と先住犬の問題だ。どんなに相性が良いと思われる犬同士でも先住犬にかかるストレスは計り知れない。仮に先住犬に一日あたり二時間かけていたとしよう、当然二頭になれば四時間時間だ。日々の生活にかける時間が変わる訳ではない、当然一頭にかけられる時間は減少するのが当たり前だろう。
時間が減少すれば当然犬との信頼感に何らかの影響があるはずだ。
ポセ父さんは、一頭のアキレスでさえ(余り問題のない子だった)ポセイドンに影響があったと思う。
ましてや二頭三頭はたまた五頭以上の預かり犬を抱えたらどうだろう?
先住犬に問題が出はしないのだろうか?
犬の幸せを考えると果たしてそれは良い選択なのだろうか?
幸せを考えてやらなければならない犬は一番に自分自身に責任のある犬ではないのか?
多くの犬を救いたいのは理解できる。しかし自分の犬も幸せにする対象だろう。完全な預かりボランティアになるためには、犬を飼わないことが必要なのではないのか?と自問してしまう今日この頃だ。




ニックネーム ポセイドン at 01:52| Comment(4) | TrackBack(2) | 私の思うこと・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする